2011年6月16日木曜日

ラテラル vs クレスタル

ちょっと専門ネタになります。歯科インプラント関係で最近よくある議論で、上顎洞底挙上(サイナスリフト・サイナスフロアエレベーション)という手術を「横からするか、下からするか」という話があります。去年もコチラで激論がかわされていたのは記憶に新しい所です。

今回の顎咬合学会でもそのシンポジウムがガッチリございまして、自分もいろいろ事例を見てきた事もあり、考えさせられてしまいました。


上の奥歯にインプラント治療を行おうとする時に問題になるのが、上顎洞という空洞の存在です。この空洞は副鼻腔というものの一つ、まぁ鼻の穴の続きみたいなものだと思ってください。日本人の上顎洞はその底が下方にあることが多く、インプラントを入れるための十分な骨の深さがとれない事がふつうにあります。

そこで考えだされたのが「上顎洞底挙上」という手術。詳しくは著書をご参照いただければと思うのですが、上顎洞の底に骨を造ってインプラントを入れられるようにしましょうというものです。見かけ上、上顎洞の底挙げになりますので、このような名前がついたのでしょう。



さてその手術をどこからするのかで議論が分かれるのは以前書いたとおりです。で通常は「ラテラルアプローチ」と言って、横側から骨を開けて行きます。


こんな感じになるのですが、この写真のような多房性と呼ばれる複雑な形態にも対処できます。その先にある粘膜は破かないように慎重に進めて行きます。しかし往々にして破れてしまうのが問題です。

この方法の一番良いところは大きく開けるので「よく見える」という事です。破れている事がすぐ解る、だから対処がしやすく結果として失敗が少ないのです。


一方「クレスタルアプローチ」はインプラントを入れようとする穴から直接粘膜を剥がして行きます。最近の流れはこちらです。

この方法は「簡単である」と紹介される事が多いのですが、私の見解はまったく逆です。こんな難しく恐ろしい方法があるのだろうかと。

クレスタルアプローチと呼ばれるようになったのは最近の話で、「ソケットリフト」とか「オステオトームテクニック」と呼ばれるのが今も一般的です。両者は同じ事で、オステオトームという器具で上顎洞底の骨をゴンゴン叩き徐々に骨折させ、粘膜共々上に挙げようというものです。これは患者さんにとってはたまりません。中にはあまりの衝撃に脳震盪を起こす方もおられるそうです。

実はとある講演会で、「私は200回くらい叩き、患者がフラフラで帰れなくなった事があった・・・(会場は沈黙)・・・あ、ここ、笑う所なんですが・・・?」とおっしゃっていた先生がいました。何とも恐ろしい![*1]

ラテラルはちょっとした外科の知識が必要で、誰にでもできる手術ではないかもしれません。それに比べてソケットリフトは手技自体は単純かもしれません。ですから外科の知識の少ない先生が安易に取り組む傾向にあります。したがって脳震盪以外にも、失敗が少なからず報告されています。穴が小さすぎて、粘膜を破ってしまっているのに気がつかないのです。


上の写真は私がクレスタルアプローチの再手術を依頼され施術した時の写真です。穴は直径4mm、この穴から上顎洞粘膜を剥離し、上に挙げて行きます。その後この穴にインプラントを置いて行きます。(別症例ですがサンプル動画はこちらです)

問題は写真下の穴、粘膜の奥に白いものが透けて見えますね。これは前の治療で使われた骨を補填する材料です。これは破れた穴から奥に漏れてしまった証拠で、その後粘膜が塞がった(治癒した)跡です。

実はこの症例は骨の厚みが1mmあるかないかで、難しい部類に入ります。どこのメーカーのインプラントでも適用できるものではありません。インプラントがしっかり停まる(初期固定って言います)形態の製品は少ないのです。

ところがあるインプラントメーカーさんの口演では「インプランはきちんと停まっていなくてもだいじょうぶ。緩んできたら締め直せば良い。それがウチのインプラントの特徴だ。」と豪語する所があるのです。私は以前から「失敗が増えなければ良いが…」と心配していました。それがついに私の診療室にまで訪れるとは、世の中には相当数の問題が発生しているのではないかと思います。



私は思います、便利な器具が開発された事もあり時代は確かにクレスタルだ、しかしクレスタルは危険だ。それは見えないからこそおきうる危険性に気がついていない、いや気がつく術を持たない事が問題だと。

解決策は一つ、顕微鏡を使う事です。顕微鏡を使う事で直径わずか4mmの穴からでも危険や失敗に気がつきます。そうすれば手術を中止したり、別な方法に切り替える事ができます。

別な方法とは、それはラテラルです。異常に気がついたらラテラルに切り替えて再アプローチすれば解決の道が開けます。しかしラテラルのスキルのない所ではそれができません。それが問題です。

例えば腹部外科の世界では内視鏡手術が普及しています。手術範囲の狭いこの方法は入院期間も短く、評判は上々です。しかしやはり見える範囲が狭く危険が伴います。ですから手術中に内視鏡では不可能だと判断したら、すぐに開腹手術に切り替えます。歯科口腔外科で行うサイナスリフトも同じだと思うのです。

いかなる手術も無理をしてはいけません。クレスタルが無理そうなら直ちにラテラルに切り替える用意をしておく、そしてその逆も必要、私はそのような考えでサイナスリフトに取り組むべきだと考えています。

「横からするか、下からするか」という議論は、安全性から議論しなおしていただきたいものだと思うのですが。。。

*1 さすがにゴンゴン叩くのはマズイという事で、最近は安全なドリルが数社から発売されています。しかしこれとて失敗があるようで万能ではありません。私も使い始めましたが、慎重に使わざるをえません。さすがにオステオトームは時代遅れですね。