2010年8月29日日曜日

Appleの表現力


吉田歯科診療室デンタルメンテナンスクリニックから一番近い電気屋さんはApple Store GINZAです。

このテナントはApple Store が入る前は、確か住友銀行の支店が入っていたと思います。銀行の合併が本格化し、支店の統廃合で空いた場所に日本初のApple Store が入る、時代の流れを感じたものでした。

長年一ユーザーとしてApple社を見続けてきましたが、今では考えられないような経営危機〜マイクロソフトとの対立〜iMac以後のV字回復など、この会社の紆余曲折は企業ドラマとしてとても興味深い、とりわけSteve Jobs の考え方は今の私にも大きな影響を及ぼしています。


最近のApple社の活躍に異論を挟む人はもういないでしょう。そしてその対局として常に引き合いに出されるのが日本の企業、特にSONYへの風当たりは未だに強烈です。

カセットテープのウォークマンで不動の文化的地位を築いたと思われたSONYが、次なるMDの普及に固執したために、ハードディスクプレーヤー(iPodのこと)やネット配信という時代の流れに乗り損ねたと論評されています。

SONYだけではありません。SHARPの技術者はiPhoneを見て、ウチが本当にやりたかっと事をやられてしまったと嘆きます。国内であれほど人気があったZaurusも、恐竜の如く消滅する寸前です。

DoCoMoの社長は「iPad は高級ネットブック」とまったく的外れな発言をし、その後の株主総会で「役員全員がiPadを使い研究している」と弁明するありさま、この感覚のズレは相当なものです。

しかしジャーナリズムが日本の企業を酷評するのは、標的が日本にある方が解りやすく、今日の日本経済の低迷とリンクさせて説明しやすいからではないでしょうか。しかしそんな事はなく、海外でもAppleの戦略を理解できず後塵を拝す企業は山ほどあるのですが。

例えばMotorolaは、iPhoneが出る以前にiPod機能を内蔵した携帯電話を発売しましたが失敗しています。

HPは当時の女性社長がオリジナル仕様のiPodを華々しく発表しましたが、結局商売になりませんでした。Appleだけが先行する理由とは何なのでしょう?


「モノヅクリ」という言葉があります。日本人は特にモノが好きです。戦後物資が不足した経験から、モノが人々を幸せにするという考えは今も根底にあると思います。モノを造れば売れた、幸せになれる時代が長らく続き、政治経済はそれに基づいた構造になっています。そして日本の製造技術はトップです。

しかし今やモノはこれ以上何が必要なんだと言わんばかりに溢れています。目的意識がなく、ただ新技術を投入するだけの技術者本位の新製品が多すぎると思います。もちろんそれはそれで意味があるとは思いますが、何のために必要な技術なのかがまったくわからない、生活とは遠く離れてしまった製品が増えているのだと思うのです。

では何でそうなるのか、例えばあなたの周りにこういう人はいないでしょうか?
  • 写真が好きなのではなく、カメラが好きな人
  • ドライブが好きなのではなく、車が好きな人
  • 音楽が好きなのではなく、オーディオが好きな人
使いこなせない新技術を所有する喜びを理解しないわけではありません。技術とはそういう側面も大切です。

しかしどんなに優れた技術であっても、それが人々に理解され使ってもらえなければ社会的価値はありません。Appleにはそのための表現力があるのだと思います。

すなわち、技術を数字(スペック)ではなく、感覚で表す事が重要という事です。理屈ではない世界観が企業の業績を左右する時代が来ているのです。


Apple = Steve Jobs  という公式はやはり正しいでしょう。激情家がゆえに多くの失敗を繰り返してきたカリスマ的存在・プレゼンテーションの達人であり、彼ならエスキモーに氷を売る事もできるだろうと言われています。

彼は技術者ではありません。しかしどのような製品が人々を楽しませるかを良く知り、それを部下に造らせる達人です。他の企業経営者にこのような人がいるのかを私は知りません。

サービスはすべて人のためにある、そのために自ら道を切り開いて行く姿に私はいつも励まされます。もし彼が歯科医師だったら患者さんに何を語り、どんな治療を施すだろうといつも考えます。

さて、9月1日に行われるイベントでは何が起きるのか、Appleの次の一手に大いに期待したいと思います。