2011年10月9日日曜日

Wallstreet と Room-A:ムダなデザインは何のため?


吉田歯科診療室のRoom-Aと呼ばれる一番大きい部屋に入ると、その正面に歯科医院らしかぬムダとも思える大きな棚があるのに気がつきます。そしてその左下には一台の黒いノートコンピューターが意味もなく鎮座しています。

これこそSteve Jobs 流のムダなデザインをくむ PowerBook G3、通称Wallstreetであります。そしてここRoom-Aも、ムダなデザインを具現化した部屋でもあります。何のため?


Room-Aのコンセプトは「あらゆる治療を快適にこなせるよう工夫をする一方、患者さんには歯科医院を感じさせないように配慮した部屋」です。

基本的には手術室仕様で、アシスタントや麻酔医など大人数でも大丈夫なように広めとし、壁には独立した吸引系統・天井にはクリーンエリアプラスという特殊な空気清浄ユニット・もちろん顕微鏡にレーザー2台・レントゲンコントロール用PC… と書くとずいぶん仰々しいイメージですが、そう感じさせないよう配慮したのが正面の大きな棚。

患者さんが座ると正面はただの壁、、、こういうのはいやだったんです。そこで正面には太めのフレームの大きな棚を置き、本や小物を置いて和んでもらう。先進性を持たせながらもできるだけ診療室というイメージを払拭しようとしたのがこの部屋です。

ちなみにRoom-AのAはAdvance, Amusement, Amaizing という意味を、また Room-B は Basic、Room-C は Care という事になっています。



さてこんな棚を正面に置いたものですから実は不便もあります。棚の下の扉には麻酔器材や細々とした手術器具を収納していますが、ここからものをとるのは便利ではありません。

こういう棚は普通患者さんの頭側にあるものです。しかしこの部屋は逆、器具を出すのは頻繁ではないにしろ不便は不便です。

しかしそうまでしてでも棚を患者さんに見える位置に置きたかった、そのおかげでこの部屋は一般的な歯科医院とは違う雰囲気を出す事ができていると思います。自分で言うのもなんですが。。。


デザインにはある種のムダが必要なのかもしれません。小さな歯科医院でそれを実現するのは簡単ですが、大企業でそれを押し通したのは本田宗一郎とSteve jobsしか知りません。

普通ノート型コンピューターと言えばできるだけ無駄を削ぎ落し、シンプルな味も素っ気もないものになりがち。しかしWallstreetはそれこそ無駄とも思える曲面を多用し、必要以上に大柄です。(その後の初代iBookはもっと極端でしたが…)


確かにそのせいで持ちやすかったり手に馴染んだりなのですが、どうも鞄への納まりが悪い。車での移動が多いアメリカ人と違い、電車で移動する事が多い日本人には辛い仕様です。

ただしこのWallstreetは、私が持ち歩き用に買ったものではありません。まだレントゲンがアナログだった時代、フィルムを透過原稿用スキャナーで取り込んでユニット脇のiMacで患者さんにお見せするために、当時まだ狭かったレントゲン室内に置くために知り合いの先生から買ったものです。

1999年、日本橋時代の吉田歯科診療室。ユニット脇のiMacで写真やレントゲンの閲覧をしていた。

前の持ち主とは陰陽五行を臨床で実践する漫画家歯科医師、横浜は元町開業の堀内信孝先生、Steve Jobs の罠にハマった一人です。

それまでレントゲン室ではPerforma5440という黒いデスクトップ型を使って取り込みをしていたのですが、どうにも大きく邪魔でしかたがありません。実は大判のレントゲン取り込みスキャナーにはSCSIという規格の接続方法しかありませんでした。その規格に合った省スペースのノート型コンピューターが欲しかった、そう言う訳で確か四万円で譲っていただいたものです。


Wallstreet を改めて眺めると、小さなトラックパッドなど確かに時代を感じさせずにはいられないデザインです。しかしカッコいい、あまりにムダなデザインにホレボレする、思わず電源を入れてみたくなります。

その有機的なデザインはJobs がデザインしたものではありません。しかしコンセプトを出し、こういうものを造りたいという思いをデザイナー(Jonathan Ive ?)に伝える力、製品出荷まで一貫して注文を出すワンマンぶりは今の大メーカーにはないウルサさでしょう。それを少人数ではなく大人数の組織でやってしまうから凄いのです。ある本にはこうあります。

Jobsが売ろうとしているのは製品ではない。より良い未来と言う夢なのだ。

Jobs には物作りのためではなく、使う人の生活や夢の実現にフォーカスしたストーリを持って製品開発をするといいます。だから今でも電源を入れてみたくなるような雰囲気を出しているのでしょう。そんなコンピューターが他社にあるでしょうか?

一見実用性を無視したデザイン、しかしその奥底にある思いを感じたとき、それはとても愛着がある道具以上のものとして、さらにはあらゆるインスピレーションを刺激するツールに変貌します。


さてRoom-Aのムダとも思える棚、これは私がムダ以上のものがあると思って造ったものです。そしてその左端にはWallstreetが。それを意図して置いたものではないのですが、今となると何か不思議です。

もちろん私はJobsにはなれませんが、この部屋は皆様の未来を思って造った部屋です。そんな事をちょっとだけ感じてこの部屋にはいっていただけたらななんて思います。

あーっ、すっごい駄文でしたね〜

PS:実際私が持ち歩きに使ったのはWallstreetの二つ後のPismoと呼ばれる半透明の茶色のキートップを持つ、もう少し薄くなったPowerBook G3でした。これはそれこそどこにでも持って行き、多くの原稿やプレゼンをこなしてきた思いで深い相棒でした。これはWallstreetよりさらに美しいデザインで、診療室の奥にそっとしまってあります。

2000年、ドイツでの研修に同行したPowerBook G3、通称PISMO