2011年10月26日水曜日

口腔インプラント学会に行ってきた・5 「永久にB級」はそれ以下に

ちょっと間があきましたが、こちらからの続きです。

上記のタイトルを見て意味がお解りの方は、そうとう日本の口腔インプラント事情に詳しい方です。以下は私が名古屋で始めて知った話です。どうしようかと考えましたが、医療倫理を考えるうえで大切な話だと思いますので載せる事にしました。


一応実名は避けますが、歯科界で俗に「永久にB級」と揶揄されている日本製インプラントがあります。仮にA社のインプラントという事にしましょう。

でこのインプラント、何がB級かというと、インプラント自体には何ら問題はないと思います。文句なくA級かそれ以上。と言うか、品質的にB級のインプラントなど存在しないと思います。

ではどこがB級なのか、それはA社の営業姿勢です。「あぁ、あれは正にB級だ」と言わせるに十分です。


さて皆さんは、インプラント治療で大儲けをしている歯科医院があったとしたらどうでしょう?そんな所に行って治療をしたいと思うでしょうか?普通に考えたら、おられないと思います。

しかしこのA社は「当社のインプラントを使えば大儲けできる」と掲げた大きな広告をこの春全国の歯科医院に配ったのです。(私の所には来なかった、看板が無いからかな…)

私は名古屋の後でその広告を見せてもたったのですが、それはまさに驚きです。まるでディスカウントショップの広告のような真っ赤な背景に「当社のインプラントなら大儲けできる!」と堂々とあり、周りにゲームセンターのコインのような¥マークを散りばめています。



文面には「他社の6倍も儲かる!」「患者は納得!」「不況の中でどんどん伸びている。なぜか」など、主にあまりインプラントの事を良くご存知でなく、かつ経営的に困窮している先生の目を引くようにデザインされています。

A社のインプラントは、大量にまとめ買いをすると大幅なディスカウントができる事で知られています。これにより「激安インプラント」を売り物とする歯科医院があるほどです。

しかし安くした所でインプラント本体が¥30,000くらい安くなるだけで、大儲けとはほど遠いはずです。何かがあるのですが、その何かは今週土曜日のオープンセミナーの話題にとっておきましょう。

さてA社の営業トークは「当社のインプラントは手術が簡単、骨とくっつくのが早く治療が完了するのが早い、しかも安価でありながら最高級品だ」というものです。しかし他はともかく、インプラント初学者に対し「簡単だ」と迫る事はたいへんに危険です。インプラントが簡単なんて事はありえないのです。

特にこのインプラントは「1ピース構造」という「インプラントが芯(軸)と一体」になっているラインをメインに据えています。このタイプは開発も製造も簡単なため、確かに安く供給できます。

しかしワンピースのインプラントはどこにでも使えるわけではなく、むしろその適用範囲はとても狭いものです。それを知識も経験も少ない初学者が無理に使えば何かしら問題がでます。

ですから世にあるほとんどのインプラントは「インプラント本体と芯が分離した2ピース構造」です。こちらの方が適用範囲が広く少々のずれも修正できるため、明らかに初心者に適しています。1ピースインプラントはいっさいのずれが容認されない熟練者用、これがほとんどの人たちの見解です。しかしそれを積極的に売る、どうなんでしょう?

ちょっと言葉では表現しにくいのですが、実は1ピースには決定的な欠点があります。歯肉の中の形態を変えられないので隣の歯(あるいはインプラント)との間がスカスカにしかできないのです。世は歯肉の形まで考え、見た目や歯ブラシのしやすさにまで配慮したインプラント治療が求められています。

ですからA社にも2ピースの製品もあります。しかし1ピースの利点ばかり宣伝しています。

広告にはこうあります「術式が極めて簡単。ツールもシンプル。初心者でもすぐに成功できる」と。あまりに危険、しかしそれに惑わされる人が多い。

たしかに術式や部品がシンプルな事は良い事です。昔あまりに煩雑でドライバーだけで20種類以上あるシステムがありましたが、当然無くなりました。

「Simple is Best !」「突き詰めると物事はシンプルになる」いろんな所で耳にする言葉で、なぜか説得力があります。しかし人はそれぞれ違います。シンプルなシステムで本当にどこにでも適用できるのでしょうか?

Simple = Easy  ではない

これはとある新潟の有名な先生の言葉です。その通りだと思います。複雑な生体に適応するためには、最低限の種類がいる。そしてその先生なりの学習曲線に合わせた発展性のあるシステムが理想、今流通し成功しているシステムは皆このようにできています。

製品ラインナップがシンプル=少ない事は、その少ないパーツを屈指して生体に合わせる高度な技術が要る、すなわちインプラントを入れる場所をそのインプラントに合わせて変える余計な手間が必要です。初学者には知りようもありません。

パーツに合わせて人を変えるのではなく、人に合わせてパーツを変える。私はそういう道を選びます。


この他にもA社は2008年に社長とその傘下の別会社々員計7人が詐欺容疑で逮捕されたのを筆頭に、極端に自社製品の先進性をアピールした学会という名のユーザー会を立ち上げたり、機関誌でユーザーの先生の推薦文を社員が代筆していたりなど、ろくな話をききません。

そんな経緯から、このインプラントは商品名が「永久にB級」と言いたくなるようなゴロという事もあり、いつの間にか誠に失礼にもそう呼ばれてきました。

今回の大儲け広告は先の悪評をものともせず、単に儲け主義を助長するだけでなく、まじめな歯科医師が道を誤る足掛かりとなる、医療機器メーカーにあるまじき愚行です。まじめに取り組んでおられるユーザーが大半なのは承知していますが、心中はいかがでしょう。

この広告が多くの人の怒りを買うのは当然です。そのせいかどうかは知りませんが、今回の口腔インプラント学会にA社は出展していませんでした。

A社の技術はきっと素晴らしいものに違いありません。日本が誇る素晴らしい技術と信じたい、しかしまったく使う気になれない。開発に腐心した技術者の方が泣いておられる姿が目に浮かびます。今や「永久にB級」はそれ以下になったのです。

それでも本稿はA社の猛省改心を願うからして、実名は控え写真はモザイクとしています。


10年前、Steve Jobs はNHKの「クローズアップ現代」でこう答えていました。

「私の所にIT企業を起したいという若者がたくさん訊きにきます。何のために起業するのかと訊くと、金になるからだと言います。止めておけとアドバイスします。」(インタビューはコチラから)

発売になったばかりの自伝でも金儲けに走るIT企業を激しくこき下ろしているそうです。

お金は大切ですが、それ以前のものが見えなくなるのは医療に限らず嘆かわしい。しかしそれが世の流れである事を今誰が否定できるのでしょうか。