2016年3月10日木曜日

コンビニからすべての食料が消えた日


5年前の3月11日、あなたは何をしていましたか?そして、何を考えましたか?あの日の教訓は活かされていますか?


14時46分、私はRoom-B で普通に診療をしていました。といってもとても簡単な処置だったので、大きな揺れがあってもたいした事はありませんでした。手術中だったらちょっと焦ったかもしれませんが。

揺れを感じた時、これは今までの地震とは規模が違うなとは思いましたが、まさか史上最大の惨事になるとは思いませんでした。

治療を切り上げ患者さんと話しをしていたのですが、しばらくすると衛生士が飛んできて「先生、テレビテレビ!たいへんな事になってます!」と言うわけです。何事かと思いフロントに行くと、テレビには何かがゴロゴロ流されている様子が映っています。私は最初何なのか解らなかったのですが、近くに寄ってよく見ると、これが自動車だったわけです。津波による濁流が何台もの自動車を押し流してゆく、しばし絶句、とても今起きている現実とは思えませんでした。

ふと外を見ると、昭和通りを隔てた向かい側の歩道には、スーツ姿のサラリーマンが溢れています。皆ビルから避難してきたのでしょう。携帯電話は繋がらず、公衆電話の前は大行列です。

必要な所に安否の連絡だけとり、スタッフを早退させ、気持ちを切り替えようと近くのラーメン屋であさりバターラーメンを食べて(この頃は平気で食べていた…)診療室に戻りましたが、テレビが告げる甚大な被害を前に、異様な時間が流れて行きました。

次の日は土曜ですが、たまたま診療日でしたので、まず交通機関が心配です。当然すべての電車はストップしましたが、23:30過ぎに私が使う銀座線が運行を再開したとの報道がありました。

駅に行き駅員さんに運行状況を訊いたところ、渋谷駅ホームに人が溢れて危険なので車両を動かせないとのこと、帰宅は諦め診療室に泊まる事にしました。銀座はけっこう閑散としていましたが、やはりターミナル駅は違うようです。

翌朝お風呂に入れないかと思い、丸ノ内線始発電車に乗り、淡路町にあるスーパー銭湯に行ってみました。しかしボイラーの安全が確認できないとのことで休店、そこから歩いて神田駅前のビジネスホテル内の銭湯にも行ってみましたが、同じ理由でやっておらず、結局診療室に戻ることになりました。



何か食べようと思いマクドナルドに行くと(同じく、この頃は平気で食べていた…)、24時間営業なのにどこもやっていません。7時になりましたが、スターバックスは閉店のまま。タリーズもプロントもやっていません。流通が止まったからでしょう。そしてコンビニに入ると、ものの見事に一切の食料が棚から消えています。カップラーメンやスナックだけでなく、醤油やマヨネーズまで、こんな事ってあるんだ…

**

診療は10時から、衛生士3人はなんとか到着。意外にもキャンセルの患者さんは少なく、余震が続くものの診療は継続。しかし津波被害や原発事故の様相が明らかになるにつれ、日本の行く末はどうなるのかとはじめて本気で不安になりました。

そしてこの日から「節電」がキーワードの一つとなりました。銀座から夜のネオンが消え、一般店舗も夕方には閉店、自販機も消灯しています。都心は計画停電の予定はなく、私には電車の間引き運転くらいの影響しかなかったのは、何か申し訳ない事でした。

歯科技工や材料発注に影響はありましたが、もともとそれほど忙しい診療室ではないので、影響は微々たるものでした。

それにしても、世の中は流通の利便性への依存度が高過ぎる。そして、やはり電気をあまりに消費しすぎていた、これには誰もが気付いたと思います。

しかし喉元過ぎれば熱さ忘れるで、現在はいかがでしょう。


私はこれらをたいへん疑問に思っています。科学技術は人々の幸せのためにではなく、我儘を許容する存在になっている。スイッチ一つを消す心は定着しなかったのです。

低コスト社会を目指そうとすると、多くの大企業は衰退し、社会不安が発生するでしょう。政治はそれを望みません。

ではどうするか?個人レベルで行動を変えてゆく、これしかありません。

日本は、いや世界は、経済のためなら何を犠牲にしても構わないという構図です。社会は、環境や健康の犠牲に上に成り立っています。病気も社会の複雑化した環境を受け、私の診療室でも、型どおりの治療で済まないケースが増えています。

***

私が生きている間に、何かしらの震災はまた来るでしょう。避難用品の備えは当然として、さて危機的状況下で何ができるのか。自分が被災者になったら、どんな行動をとるのだろう。受け身にならず、みんなが協力しあう状況でありたい。だから健康弱者であってはならないのです。コンビニから食材が消えても、しばらくは持ちこたえられる健康が必要です。

震災から5年経ちますが、「その時はその時」「ダメな時は誰かがやってくれるさ」という風潮は、あまり変わっていないように思えます。せめて自分の健康だけは万全でいてもらいたいものですが、そこに気がつき実行できる人はまだまだわずかです。震災関連死に繋がるような状況を少しでも解決する事が、一番効果が有るわかりやすい対策ではないでしょうか。

私も偉そうな事を書いてますが、災害に直面すれば、やはりどうなるか自信はありません。しかしせめて健康の預金だけはしっかりしておき、運良く助かった場合にはできるだけ人の世話にならずに、また復興に手をかす事ができれば幸せだと思います。

皆さんもぜひあの日を思い出し、今何をすべきかを考えてみてください。私は健康預金をしっかりしておくことを強くお勧めいたします。

【関連Blog】
2011-03-14 3月14日からの診療について
2011-03-20 節電ポスター
2011-04-19 駅のエスカレーターはいつ動く?
2012-03-11 3.11 あれから自分は何が変わったのだろう…
2014-03025 Open Seminar vol.54 をやりました