2013年8月21日水曜日

口腔インプラント学 授業の資料

以下は先日、歯科衛生士学校でインプラントの授業を行ったときに学生に配った資料です。

で、自分で言うのも何ですが、90分の授業内容としてはそこそこまとまっているのではないかと。そこで、このまましまっておくのももったいないので、公開する事にしました。


授業ではこの他にも写真や手術ビデオも使いましたが、この文章だけでもかなりの内容があり、一般の方がお読みになっても、けっこうな知識がつくと思います。

少し専門用語が入ったりと難しいところもあるかもしれませんが、インプラントを検討中の方はもちろん、すでにお使いになられている方にぜひお読みいただきたい内容です。

なお本文を他でご使用になられたい方は、必ずinfo@y-dc.orgまでご一報くださいますようお願いいたします。


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口腔インプラント学


吉田歯科診療室デンタルメンテナンスクリニック
吉田 格


1・はじめに
今日の歯科臨床で、もはやインプラントの知識はなくてはならないものになっています。皆さんが卒業して勤務する歯科医院でも、インプラント治療を行なっている所が多いと思います。またインプラントが嫌いで、絶対にやらないという先生もいらっしゃいます。それはそれでその先生の方針ですので、素直に従ってください。
しかしどのような考えの先生の所であっても、すでにインプラントが入っている患者さんが初診でいらっしゃいます。その時に適切な判断や指導ができることは、歯科衛生士にも求められます。
インプラントは、内科・口腔外科・歯周・保存・補綴・矯正・衛生など、小児歯科以外のほぼ全ての分野が統合されたうえで成り立った高度な分野です。さらには社会学・倫理学的な事も考慮しなくてはなりません。どういう事かというと、今インプラント治療が社会問題となっているからです。
去年1月18日、NHKのクローズアップ現代という番組で「「トラブル急増 インプラント  ~自由診療の陰で~」というタイトルの放送があり、たいへん大きな反響がありました。「インプラントは危険だ」と勘違いした患者さんが急増し、多くの歯科医院で治療のキャンセルが相次ぎ、今も収まっていません。
日本人は、専門家である私たちの言う事よりも、テレビの言う事を強く信じる傾向があります。特に医療関係は誤った情報が氾濫しやすいので、皆さんにはそのような事がないよう今からしっかり勉強し、正しい目を持てるように自分を磨いて行ってください。
インプラントは義歯やブリッジと共に、欠損補綴の選択肢の一つです。患者さんにとってどの方法が最も適切なのか親身になって考え、また欠損に至った原因の除去と補綴物の維持管理の大切さを伝えられる歯科衛生士になってください。

2・インプラントとは
辞書で「インプラント」と引くと、以下のように記載されています。
【implant】欠損あるいは外傷を受けた部位に埋め込むために,人工的に作製した器官組織の代替物。また,それを埋め込むこと。人工関節・義歯・腱・血管など。
つまりインプラントは歯に限ったものではありません。たとえば、事故で骨折した時に骨を固定するステンレス製のプレートやネジもインプラントです。
しかし世界で最も行われているインプラントは、咬合の再建のために使われる口腔インプラントで、単にインプラントと言えばそれを指す場合がほとんどです。

3・口腔インプラントの特殊性
骨折治療用のインプラントであるステンレス製のネジは、完全に体の中に埋まっており、外からは見えません。つまり外界から遮断され、汚れることはありません。
しかし口腔インプラントは、「半分埋まって、半分出ている」という中途半端な状態です。しかも歯と同様にプラークが付着しますので、常に感染の脅威にさらされます。
インプラントが歯肉を貫通する部分、つまり歯周ポケットに相当する部分は、後で説明するように歯に比べて免疫力が弱いので、充分なプラークコントロールが必要になります。従って歯周病が原因で歯が欠損した方はかなり注意が必要で、残っている他の歯が磨けないような患者さんに適用してはいけません。

4・オッセオインテグレーションとは
口腔インプラントは100%チタン製のネジだと思ってかまいません。チタンはステンレスなどと違いたいへん生体親和性が高く、生体はチタンを異物と認識しません。
チタンを骨に埋入すると、骨はチタンに寄り添ってきて完全に取り囲んでしまい、外せなくなります。この現象を発見したのがにスウェーデンの整形外科医であるブローネマルク教授であり、この現象を「オッセオインテグレーション」と名付けました。
口腔インプラントは強大な咬合圧に耐えなくてはなりませんので、オッセオインテグレーションがなければ成立しません。

5・口腔インプラント vs 天然歯
口腔インプラントは天然歯を模倣した人工物ですので、もちろん違いはたくさんあります。最も大きな違いは「歯根膜がない」という事です。
天然歯と歯槽骨の間には歯根膜がありますが、これは両者を結びつける強力な靭帯です。歯根膜があるので歯は僅かに動揺し、強大な咬合圧を緩和するクッションとして働きます。
インプラントにはこのクッションがありませんので、いっさい動く事はありません。そのためインプラント上のクラウンが破損する事が良くあります。それから矯正力をかけても移動しません。
また歯根膜がないという事は、骨とインプラントの境目に血流がないので、感染に弱いという事になります。
天然歯の場合は歯肉側と歯根膜側からの2方向の血流があり、免疫が働きます。しかしインプランには歯肉側からしか血流がありませんので、必然的に感染には弱くなります。
また天然歯はセメント質を介して歯肉と結合していますから、細菌が直接骨に接触する事はありません。しかしインプラントは骨とは結合しても歯肉とは結合しませんので、ポケット底に到達した細菌は容易に骨に悪影響を及ぼします。
しかし健常者であればその程度はほぼ無視してよく、快適に使用して行く事ができます。一方、歯周病患者や喫煙者・糖尿病患者・歯ぎしり(TCH)が強い場合は将来的に大きな問題となります。
この事は歯科衛生士として十分認識しておく必要があります。

6・利点と欠点
先にも書いたように、インプラントは義歯・ブリッジと並ぶ欠損補綴の一手段です。三者の特徴を整理すると、以下のようになります。
A・ブリッジ
たとえば6番1本の中間歯欠損の場合、ブリッジでは両隣在歯(7番と5番)を支台歯形成し咬合負担をします。すなわち二本の歯で三本分の咬合圧を負担する事になり、単純計算で一本当たり1.5倍の負担が歯にかかります。
これは健全な歯周組織の歯であれば大きな問題は出にくいかもしれませんが、歯周病で負担能力が落ちていると、動揺が増えるかもしれません。また無髄歯では歯根破折の可能性が高まります。
残存支台歯の位置や状態しだいでブリッジは不可能になり、例えば8,7,6番連続欠損などの遊離端欠損には適用できません。
また支台歯形成をするので歯質の大量削除を余儀なくされ、二次カリエスのリスクが発生します。10年程度でやり直す事が多く、一生再治療を繰り返す原因ともなります。
しかし補綴完了までのスピードは速く、良く用いられる方法です。 

B・義歯
遊離端欠損などブリッジが不可能なケースで多用されます。咬合圧は鉤歯と粘膜での分担負担となり、作製を厳密に行い調整を継続的にに行わないと、鉤歯の破損や動揺・歯槽骨の高度吸収を招くので注意が必要です。
鉤やバーなどの付随装置のため審美的に劣り、リンガルバーなどの異物感は避けられません。咬合圧の粘膜負担が大きいほど粘膜の痛みが出やすく、痛くて使わないで放置する方も多いのが現状です。
しかしインプラントと同程度のコストをかけきちんと設計された義歯は、一般に言われるほど不便なものではありません。

C・インプラント
欠損した歯をそのまま置き換えるような形で補綴するので、ブリッジや義歯と違い、残存歯にまったく負担をかけません。
しかし手術が必要で、骨量が不足している場合は骨移植などちょっと複雑な手術の併用が必要で、気軽に行えるものではありません。
また健康保険は使えず、すべて自由診療になります。

7・診断
インプラントは手術を伴いますが、補綴することが目的ですから、まず歯を入れたい位置がどこかを石膏模型上で診断します。そしてその直下に骨があるどうかを調べます。そのために最近ではCTを必ず撮影します。
また、その患者さんがなぜ歯を失ったかを診断する必要があります。原因が歯周病であった場合は、それがある程度解決していなくては、インプラントも同じ原因で周囲の骨が欠損してゆきます。ですから自己管理ができない患者さんには、インプラント治療は短期間で失敗する可能性が高いので、行ってはいけません。
また喫煙者や糖尿病患者は、歯肉の血流が著しく阻害され免疫力が落ちているので、慎重適用となります。患者さんがたとえインプラントを希望されても、義歯やブリッジに変更させなくてはならない場合もあります。

8・外科
口腔インプラントはインプラント体(フィスチャーとも言う)を顎骨内に埋入するための外科手術が必要です。骨の幅や深さが充分な場合は容易ですが、骨量が不足している場合は骨移植などが併用されます。
外科手術は通常の歯科臨床とは異なり、滅菌・非滅菌の区別が厳密になります。 一般の歯科医院で行う場合は、診療室を手術室に近い仕様に変更します。
具体的には手術着と滅菌手袋の着用・顔面ドレープの装用・より厳密な器具滅菌などです。
今回の授業では実際の手術の現場をビデオでお見せします。手術の介助がどのようなものかを良く見てください。

9・メンテナンスとインプラント周囲炎
歯科衛生士の大きな役割は、メンテナンスをきちんとやりインプラントを長期的に安定して使っていってもらう環境を造る事です。
患者さんはインプラントを埋入し、補綴が終わっただけで安心し、メンテナンスに理解を示さない方が多いものです。補綴後にメンテナンスの話を始めても遅いので、術前からメンテナンスの重要性を徹底してお話して行く必要があります。
インプラントのメンテナンスと言っても、特別な事は何もありません。通常のメンテナンスを徹底すればよいだけです。
しかしメンテナンスがうまく行かなかった場合の落胆度は非常に大きいので、通常のメンテナンスのさらに上を行く必要があります。
メンテナンス失敗のうち、最も避けたいのがインプラント周囲炎です。インプラントは感染に弱いので、異常は早期に発見して対策をする必要があります。
インプラント周囲炎は進行しても歯のように動揺しません、動揺したときはインプラントの先端まで完全にオッセオインテグレーションがなくなったときで、引っ張ればそのまま外れてきます。
一度インプラント周囲炎が成立すると感染源の除去は非常に困難です。患者さんがそうならないよう、事前にきちんと診断しなくてはならないのはそのためです。