日本臨床口腔外科医会・9
顕微鏡を使うと裸眼での治療の不備が本当に良く見えます。「これではうまく行くはずがないな」と誰もが気づきます。だからやる事が増えて治療時間が延長する、これはちょっとしかたがない事です。15分くらいで終わっていたものも、1時間かかけてやっとこれでいいかなというレベルに達する事など普通にあります。
しかし、だからといって無制限に時間を延長できるわけではありません。治療している側はけっこう楽しい(?)のですが、患者さんは口を開けっ放しで待ってる訳です。たいくつだし、暇だし、早く終わらないかなと思い続けているわけです。
先にも書いたように治療中の患者さんに気遣うのは大切ですが、把握し続けるのはいくら気配りをしていても難しいものです。たとえ顕微鏡を使っていなくても、患者さんの顔はタオルかドレープで覆われていますので、顔色を伺う事はほとんどできません。
そこで登場するのがこのパルスオキシメーターという装置です。いわゆる生体モニターの一種で、患者さんの疲労度をある程度測定する事ができます。
歯科口腔外科においてパルスオキシメーターは、主に抜歯やインプラント手術のような外科処置時に使用する事が多いと思います。インプラントを多く行う先生は必ずお持ちと思いますが、実は他の治療にもおおいに役立ちます。
パルスオキシメーターは指先にレーザーセンサーを着けて、血液中の赤血球のうち何パーセントがちゃんと酸素を運んでいるかを読みます。これを「動脈血飽和酸素度(SPO2)」と言うのですが、我慢して呼吸が乱れたり浅くなって来ると数値が落ちてきます。
平常時でだいたい98%前後なのですが、治療で疲れてきたり、痛みを我慢していると95%を下回ります。
私たちが使っている装置はこれに自動血圧計・脈拍計・心電計が付いているのですが、SPO2の低下と共に血圧も上がって来ると「あ、疲れてきたな」と判断します。だいたい治療開始40分後から変化が現れる事が多く、私たちは一つの指標としています。
ただしそうだと言っても手を抜いて治療を早く終わらせてしまうわけではありません。患者さんにもある程度頑張ってもらわなくてはなりません。
しかし治療中の患者さんは孤独です。周りは見えませんので、周囲の情報は耳だけが頼りです。しかし診療室は音楽が流れているとは言え、治療器具の雑音や私たちの声がします。「早く終わらないかな〜」と考え続けているのは間違いありません。そのまま1時間あまりの治療とは、やはりストレスです。
ですから私たちは治療中はできるだけ患者さんに声をかけるようにしています。これは「あなたは一人じゃないんだよ」というサインです。「今ここまで進みましたよ」「治療を進めて良かったですね」とか、安心材料を投げかける事でSPO2の低下を食い止めます。
SPO2が95%を切るといったん治療の手を止めて、患者さんに「ムリしてませんか?」とお訊きし、深呼吸をしてもらいます。するとたちまち97%くらいに回復しますし、血圧も下がります。このような細かいコミュニーケーションが特に顕微鏡治療中には大切になると思います。
実は前項で書いた「拡大視野に固執すると全体像を見失いやすい」とはこの事で、「いい治療をしてるんだから、ちょっとくらい我慢しろ」などと思っていると、気持ちは患者さんに伝わり疲労も早いものです。患者さんの気持ちを読み取りながら、こちらも治療手順の無駄をなくし、いかに確実に・いかに早く完了させるかが診療室全体の評価となると思います。
それから、パルスオキシメーターは外科や長時間治療時以外にも活躍します。例えば歯形を採るとき、これも呼吸が抑制されるのでSPO2の低下と血圧の上昇がおきる事が解っており、特に高血圧の方や高齢者の治療にも有効です。型取りは短時間とはいえ、やはり苦しい事ですよね。外科系以外は関係ないとお考えの先生は、ぜひご一考いただきたいものです。
〜つづく